発達障害という診断を受けていた男の子の場合

「俺はダメだ、俺なんて生きていてもしょうがない、消えてしまいたい。」

「どうしても辛くて死になくなっちゃうくらいなら学校は休んだって転校したっていいんだからね。勝手に死ぬのだけはやめて。」

学校でトラブルがあったり、先生に叱られたりする度、こんなやりとりが何度あった事でしょう。

そう語るのは、中2の男の子のお母様、Bさん。
BBA・ブレインジム・リズミック(原始反射)と出会って劇的に変化した体験を語っていただきました。

4歳で発達障害の診断。成長とともに増えるトラブル。母の指導ではどうにもならない日々

4歳で保育所にあがる前に「広汎性発達障害」という診断を受けた息子。
それ以前から他の子とは違う落ち着きのなさと内面的な成長の遅れを感じてはいましたが、やはりショックでした。

療育センターや養護教育センターに通い相談、小学校一年の時には加配の先生を付けてもらい、小さなトラブルや失敗はあったものの三年生までは友達を家に呼んで遊んだり、楽しく過ごす事ができていました。

四年生になると、他の同級生との成長差が大きくなり、空気の読めない言動が目立つようになると、周りから「あいつは変なヤツ」と思われる事が多くなったように思います。

出来ない事を指摘されると激しく反論するので同級生との衝突も増え、バカにされたり、仲間はずれにされたり、家に遊びに来る子も居なくなりました。

状況判断が苦手な息子に「こういう時はこうするんだよ」と逐一説明していく。

障害だから治らない、私が一生教え続けていかなければ・・
私が死んだ後は?
友達も兄弟も居ない彼を誰が助けてくれるの?

息子の将来について、ただ不安だけが広がり、それに飲み込まれていた日々でした。

BBA・ブレインジム・リズミック(原始反射)との出会い・・・

幸い私には息子の幼児教室で出会った理解ある友人(現・まく♥ママ代表 内田)がおりましたので、いつも話を聞いてもらい、ネットワークが広い彼女はいろいろな情報を教えてくれました。

彼女からブレインジムの話を聞いたのは息子が中一の秋の事です。
体験会に参加した時、講師の先生に息子の発達障害の話をすると「発達障害は発達させる事ができるんです。」と言われ、光が見えたようでした。

ともかく可能性を信じてやってみよう!

正直な所、最初はあまり大きな変化は見られませんでした。
同じようにエクササイズをしている他の子は良い変化がみられているのに・・

それでも「うちはマイナスからのスタート」なのだからと思いブレインジムと、同時期に講習を受けたBBAのアプローチをひたすら続けました。

息子は中学校でも人間関係のトラブルが多々あり、一年生の後半ごろからは、精神的にもかなり辛かったようです。

職場にいる私に電話をかけてきて「早く帰ってきて」と言う事もありました。

10ヶ月で射してきた光。成績があがり、部活でも活躍できるように。

そんな息子が中2の6月頃から変化を見せ始めました。
成績も上がり部活動の吹奏楽部でも良い成績をおさめました。

夏頃からリズミックムーヴメント(原始反射の統合)にも取り組み発達障害者に多く残っているという、FPR(恐怖麻痺反射)とモロー反射の統合が済むと学校でのトラブルもほとんど無くなり学校から電話が来ることもなくなりました。

何より変わったのは息子が生き生きとしてきたことです。
学校から帰ってきた息子の顔を見て「何か嫌な事があったの?」と聞く事はもう無くなりました。最初にブレインジムに出会って10ヶ月の事です。

息子が前向きな気持ちに。私自身も生き生きしてると言われるようになりました

先日「最近、学校でトラブルはないの?」とたずねると「別にないし、あっても大したことじゃないよ。」との答えでした。

嬉しい、本当に嬉しい。
息子が自ら死んでしまうのではないかと心配しなくていい。

息子が目標を持つ、将来の夢を語る。
息子は私が居なくなった後もしっかり生きていける。そう確信できる!

時々起こるトラブルに悩み、息子の将来を悲観ばかりしていた私が、いつのまにか周りの友人に「生き生きしてるね。」と言われるようになりました。
息子と共に私も大きく変化する事ができたのです。